さて、この花宴以降、須磨、明石の帖に至る展開は源氏物語の中でも特に有名なクライマックスかと思います。次の葵の帖では源氏の正妻である葵の君が生霊に取り憑かれて苦しみ、難産の末夕霧を生みますが、その後まもなく亡くなります。そして、美しく成長した若紫と密かに結婚する下りは、特に良く知られているところでしょう。
この葵の帖については、今後ゆっくり取り上げるとして、まずは前置きのように登場人物が華やかな花宴の帖になります。源氏が紅葉賀の際に青海波を舞った後の宮中、春の桜の宴から話は始まります。その宴が行われた夜、いつものように宮中をふらふらと出歩く源氏が偶然に出会う朧月夜の君、そして物語はここから目まぐるしく展開することになります。
ところで、この朧月夜の君は、桐壺帝の右大臣の六の君(六番目の姫君)で、頭中将の正妻である四の君の妹に当たりますが、そもそも四の君は物語中にしばしば登場するも、重要な役回りはもっと後半になるので、詳しくはその時に。ここでは朧月夜の君のキャラクターを少し詳しく見ていこうと思いますが、若くて、作中もっとも華やかな姫君という表現が適当かと思います。
源氏が偶然出合った時は、実は右大臣の姫君の一人である事は予想できたとしても、それが四の君本人なのか、五の君か六の君かは分からなかったのですが、やがて確かめる機会が訪れてます。その一ヶ月後、源氏は都合良く、右大臣家の藤花の宴に招かれることになります。
宴が行われた夜、源氏は酔いを醒ますふりをしながら、奥にある寝殿の方に赴き、そこに姫君達がいることを確認、やがて六の君を見つけ出します。
空薫物、いと煙たうくゆりて、衣の音なひ、いとはなやかにふるまひなして、心にくく奥まりたるけはひはたちおくれ・・・
さて、右大臣家の宴に行く前に、僅かですが成長した若紫について記述があり、それとは対照的に六の君=朧月夜の当世風な描写がなされています。この時は源氏も相当凝った装束で宴に向いますが、寝殿では薫物が煙たい程焚たかれていて、中の姫君達の立ち振る舞いや衣摺れの音すら華やかに感じられる程、と贅沢な右大臣の生活ぶりと姫君達の優美さが描写されています。
登場する薫物についてはこれだけですが、藤の花の香りと薫物の煙が、風情や趣きがあるというより、煌びやかな生活の描写と一体化して六の君の華やかさが強調されるかのようです。
物語はここで終わり、いよいよ次は葵の帖に移ります。六の君の姿を現す描写で終わるところは、実に物語の続きが気になる展開です。